Takashi Kobayashi 小林 崇(コバヤシ タカシ)

2014/06/29
by up cycle

【“遊び”が世界を変えていく】

インタビュー/写真 福井香菜子>(カメラ PENTAX 67

 

FEATURES】第8回目は、日本のツリーハウスの第一人者として知られるツリーハウスクリエーター小林崇さん(こばさん)がまたひとつ、新しい木の上の秘密基地を作った。場所は熱海、星野リゾート。国内外ですでに120戸あまりあるという、こばさんのツリーハウスは、ひとつとして同じものはなくて、それは毎回こばさんがその場所と木との出会いを何よりも大切にしているからなんだと思う。今回、熱海でこばさんはどんな木と出会い、対話したんだろう?完成したばかりのツリーハウスを見に行った。

 

 

【圧倒的な、クスノキ。】 

 

樹齢400年を越える大きな大きなクスノキ。そこにツタが這うように階段がぐるりと回っていて、頂上近くに小さな部屋が乗っかっている。「今回は、この木がとにかく圧倒的だったから、自然の持っているデザイン、ラインに、できるだけ近づきたいと思っていて、この木で覆ってしまいたいと思っていたんだ」

                   

ステンドグラスの窓、滑らかな曲線の座り心地がいい部屋の中で「なんでも聞いて良いよ、大丈夫」と、こばさん。

 

 

[作ったものが、いつか自然の中へ消え入る]

 

 

「木の上は、街の暮らしや社会での役割から離れてボーッとできる場所。震災後は特に “house” じゃなくて “nest(巣)” を求めているような気がする。“house” は、何かあったら終わりじゃない?もう、“箱” ではなくて、人間は繭とか子宮とか巣に戻りたいのかなぁと思っている。。ツリーハウスは木だから、寿命は短いし、いつまでも残るものではない。いつか壊れて、あとかたも無くなっちゃう。今の僕のツリーハウスは鉄筋も使っているけれど、それ以外は壊れて朽ちて、地に戻る。最終的にはすべてそういう素材がいい。壊れたら、また作りましょうっていうのがいい」

 

 

 

世間で言われる、もっと頑丈な家を!負けない家を!の方向では限界がきてしまうかもしれない。役目を終えたら土に還し、また作るという柔軟なサイクルができたら、それこそが一番強い家だ。

 

「いわゆる“デザイン”ではないんだよね。学校で学ぶことではない部分で、頭や手が動いていく。一緒に作る仲間に手伝ってもらいながら、例えばこうやって日の光が入ってくるだとか、ステンドグラスのリフレクションだとか、ああ、綺麗だなぁと思うものをその場で受けて出していく。こうしなければならないというルールもあんまりないんだ」

 

刻々とツリーハウスに射す光が変わっていくなかで、ずっと木の良い匂いがしている。「ここは、楠と檜の匂いがするでしょう?これはここの自然の匂い。僕の理想は、自分たちのしていることが自然に消え入っていくこと。自然、そして木が主役になること。今回匂いに関しては少し、できたかもしれない」

 

 

 

[ムダなことをしてるから、世界はOK。]

 

 

「風もあるし、揺れるし、わざわざ木の上に家作らないでしょ、衣食住の住ではなくて必要のないものなんだよね。“家” は必要なものかもしれないけれど、ツリーハウスなんて無くても良いわけ。でもそういう無駄なことしてるから世界はOKっていうか、スキマが大事なんだろうな。世の中がどんどんそうではなくなっていくなかで、1•2人くらいそんなことに一生懸命になってる人がいても良いんじゃないか。僕にとっては、生きている木の上に巣を作ることっていうのはたまらないこと、すごくワクワクすることなんだ。結局、遊んでるんだよね(笑)会社とか仕事とか、月末とか。大変なこともいっぱいあるけれど、ここにいると頭のコリを取ってくれるんだ。ある意味、情緒不安定になりがちというか、生になっちゃう。怒りも喜びも、街にいるときに知らず知らずのうちに押えているものを、感じやすくしてくれる。人間をハイにする力を、森や木は持っているというのは20年やってて確実にわかるんだ。人間のDNAのなかに2足歩行になる前の森にいた記憶があるのかもしれない」

 

 

 [こばさんとツリーハウス 20年前]

 

 

「元々は木の上に家をつくっているっていう生活に憧れたの。日常の中にそういうことが入っているライフスタイルに憧れた。当時、日本のなかに居場所がないと感じていて、ツリーハウスの持つエスケープ感にただファンになったんだ」

その後、アメリカのツリーハウスビルダー、ピーターネルソン氏との出会いからオレゴン州で開催される“ワールドツリーハウスカンファレンズ”(現“グローバルツリーハウスシンポジウム”)の第1回目から参加するようになる。

「開催地のオレゴンの森は、巨木の森で、ジャイアントセコイアや、メタセコイアなど、100m級の木がたくさんあるところで、きれいな川が流れていて特別な場所なんだ。当時はラフな奴の集まりで、60年代のフラワームーブメント、ヒッピーカルチャーそのまんまみたいな感じで、バスで移動しながら住んでたり、ティピに住んだりする人たちばかりで、彼らと過ごすなかで、この時自分が日本で見つけられなかったもの、感じていた違和感みたいなものが全部とけた気がして。そのバックボーンと一体になって“ツリーハウス”ってものがずぼんって入ってきたんだ」

 

それから毎年イベントに参加しながらも、日本ではツリーハウスでお金を稼げるわけでもなく、まだ依頼者もいない、場所も技術もないという時期があったそうだ。そんな中、森を持っている人を紹介され、そこにツリーハウスを作ることになった。「当時、恥をかくのはちっとも嫌じゃなかった」とこばさんは言う。技術はやりながら学んだ。それから人がなんとなく人が集まってくるようになった。そのうち、パタゴニアでトークショーをしたり、ネスカフェゴールドブレンドのCMにツリーハウスが出ることによって名が知られるようになった。

 

「日本には僕よりマニアックな人がいなかったし、何かあれば話がくるようになった。30代半ばくらいから、どんどん社会的にもなってきてフィールドも広がってきた。三井のアウトレットモールや、障害を持った子供たちのためのバリアフリーのツリーハウスなど、気がついたら、今回は相手が星野リゾートだったんだ。あぁ、建物ってこういうしくみなんだ、とか法律ってこうなんだって今でも新しい発見があるよ」

 

 

 

[ツリーハウスを通じて、伝わるスピリット]

 

 

「21世紀になるまえの、システムができる前の選択肢がいっぱいあった頃の世界に憧れているのかも。今もそうかもしれない。スキルもバックボーンもなかった僕みたいな奴でも、ずーっと続けていたらこんな風になるかもよ。何か物事を決めるとき、大人になるために培ってきちゃったスキルや生き方のテクニックじゃないところで判断することができたら、原発なんて選ばないと思うしそういうことが次世代のみんなに伝わったら良いとおもうよ」

 

こばさんはツリーハウスという“遊び”から正しいと思うこと、大切なことを伝えてくれる。本気で遊んでるから、私たちにも伝わってくる。最近では、ツリーハウス発祥の地、アメリカや海外でもこばさんの作品は人気があるそうだ。

「アメリカでは、プライベートであればツリーハウスに住んでも良いという法律があって、そういう場所のツリーハウスはもっと、キッチンがあって、シャワーがあって、と実用的なんだ。それはそれで建物としてかっこいいし、機能的なのだけれど、僕の場合は住居というところから解放されたフィールドでやっているから、彼らにとってはミステリアスで、オリエンタルに見えるらしい。技術よりもそのスピリットを学びたいと言ってきてくれるんだ」

 

 

 

 

UPCYCLE 新プロジェクト]

 

 

 

現在、こばさんとUPCYCLEで企画中なのが、ツリーハウス作りなどで出た“あまり”の木材を使ってこばさん作ミニチュアツリーハウスや、自分で作れるミニチュアツリーハウスの手づくりキットを製作しようというもの。

「今、作業で出たあまりの木材っていうのは産業廃棄物になってしまうんだ。昔は焚き火したりお風呂屋さんに売ったりできたんだけどね。残った木材にも素敵なものがたくさんあるし、本物のツリーハウスに来られない人たちが、都会に住んでいても、手触りがわかって夢を馳せることができるものができたら良いと思っている」

 

国土の約70%が森林で、世界有数の森林国である日本。こばさんのミニチュアツリーハウスから、その先にある大きな森や木がみえるだろう。